明け渡し


今、あなたの頭の中でしゃべり続けていることが

何を差し置いてもリアルと感じているとして

そんな中、一旦思考が止むという

わずかな瞬間でもそれが止む体験をして

無我=個人の私は本当には居ない、と知る瞬間となるならば

それまでリアルだった、頭の中のおしゃべりが

次第に遠ざかるような

声が小さくなるような

リアルさが半減するかのような

そういう感覚に気づくでしょう。


そのとき、頭の声との間に、距離ができているのです。

頭の声、思考が自分自身ならば、距離はできるでしょうか。

いいえ、思考は自分ではないので、ここで距離ができてくるのです。

これによって、それまでリアルと感じていたことが、それほどでもなくなり

恐れや、苦しみとの間にも、いささかの距離ができて

以前ほど怖くも苦しくもなくなってきたなあと、感じるようになるでしょう。

それらは思考を掴んでいたがゆえに、現実感があっただけだからです。


そうやって体験的に思考は自分ではなかったと知ることで

本当の自分自身に目覚めていくのです。

生まれてこのかた培ってきた信念観念ですから

ぱぱっと次、次、って進んでしまう人もいるでしょうけど

少しばかり時間は必要なのかも知れません。


思考が遠ざかって、恐れが薄まってきても

最初は目の前で起こる現象自体に、変化はなかなか起きてきません。

それでも何故か不思議に心が安定してくるでしょう。

それをして条件の要らない幸せ、と表現されるのです。

でもやがて、それにも変化は起こりはじめます。


どんどん思考が薄まり、自我が遠ざかることで

欲や執着、ねばならないやこうあるべき、が消えてきて

思考の背景がフラットになってくるでしょう。

こうだったらどうしよう、ああだったらどうしよう、という

心配や恐れが消えてくるのです。


それによって、純粋に起こってくる思考が働きだします。

ここに至って、自我、マインドは、いわゆる成熟してくるのです。

ここまでくると、もう、本来のあなたが望む方向性ということが

恐れにゆがめられていないので、純粋に起こされてきます。

ここで起こっているのが、解放、手放し、ゆだねる、ということです。

自我は完全に、本質へと自身を明け渡しているわけです。





日々のつぶやき ~mananaのブログ2~

いつも頭の中でぐるぐると渦巻いている思考。 それが自分と、これまで思い込んでいたけれど もしその思考が無くなったら その時それだけで、あなたが観ている世界はぐるりと反転します。 思考が無くなったそこは、在る、実存、プレゼンス、などと呼ばれるそれです。 本当の自分は、在るだけで満たされ、至福です。 存在は初めから至福であり、愛そのものであり、光です。 そこには、不安や恐れのかけらも見当たりません。

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