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無我=無思考 ~悟りの階梯より~

今年の5月にAmebaのmananaのブログの方に書いた記事を一部引用します。悟りということについて、仏陀は明確に説明していました。mananaは、仏教については平均的な日本人レベルですがこの、悟りの段階が4段階あると明確に説明した階梯については、とても参考になりました。仏陀は悟りとは、預流果(よるか)、一来果(いちらいか)、不還果(ふげんか)と進んで、最後に阿羅漢果(あらかんか)で完成すると言っています。悟りの段階が進むことは煩悩が落ちて智慧が表れることと、とても明確です。この各段階に達するには、ごく簡単に言ってしまうと「一瞬でも無我を体験をして「ああ私は居ないのだ」と納得すること」であり、3段階目の不還果に達するときには、一瞬の...

28Aug2016
  • 無我・無思考

無思考のためのセッション

飛行機雲です。まだ8月ですが空は高く、ずいぶん秋めいてきました。昨日は久々の晴天でしたが、今日は雨。台風11号の進路が気になる週末ですね。ほんとうの私たち自身は純粋な意識なので、覚醒も悟りもありません。私たちは本質的にただそうなのです。ただ、思考(自我)ゆえにそれを、求めても得られないものとして現実化しているだけです。認識するということはそのようなことなのです。カルマやトラウマ、インナーチャイルドやAC(アダルトチャイルド)などなど、スピで言ういろいろもただ思考がそうだと言っているだけです。わたしたちを運命づけているものそれは思考=頭の中のおしゃべりでしかないことです。これは、分かって(頭で理解して)いたとしてもなかなか腑に落...

27Aug2016
  • サイレンスレゾナンス

思考が止まると

思考が限りなく薄くなることで目の前に見えることは穏やかで何事もない、平坦な日常になります。それはわたしたちの本質が、至福そのものであり平和と安心そのものだからですが昔からmananaはわたしの目の前で事故や事件は起こらないって、思ってきましたが実際に大きな事件事故は目の前で起こりません。子供が自転車でこけた、くらいが最大級でした。気づきに在るようになってからはさらに、気づいてさえあれば平穏です。この点においては引き寄せと言われることはほんとうには、引き寄せるのではなくあなたが、その現実を創造しているのです。それをそうと考えることでそれは起こってくるのです。考えは自我であり自我は創造の魔法を使います。光あれ、と言われて世界に光が起こっ...

25Aug2016
  • 無我・無思考

新たな風が吹く

こちら関東は台風一過で 朝からピカピカのお天気でした。 それでもまだまだ不安定な空模様で 午後には突然の激しい雨も降ってきていました。 昨日は、この辺りでも 記録的な降水量だった模様で 住宅地を流れる河川の氾濫もあり 線路に土砂崩れがあり 電車が乗り上げて不通になったりして 大荒れの一日でした。 オリンピックが終わったとたんに 全体も荒れ模様ですね。 この秋からの新たな風は 気づいた順に優しく吹き始めます。 いつまでも気づきがないままだと 辛い生き方から抜け出せないままに 自我も荒れ模様かもしれません。 そもそもわたしたちの意識とは 気づきそのものなのですから 気づいていないなどとい...

25Aug2016
  • 無我・無思考

日々のつぶやき ~mananaのブログ2~

いつも頭の中でぐるぐると渦巻いている思考。 それが自分と、これまで思い込んでいたけれど もしその思考が無くなったら その時それだけで、あなたが観ている世界はぐるりと反転します。 思考が無くなったそこは、在る、実存、プレゼンス、などと呼ばれるそれです。 本当の自分は、在るだけで満たされ、至福です。 存在は初めから至福であり、愛そのものであり、光です。 そこには、不安や恐れのかけらも見当たりません。

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